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父の日の思い出

今日は父の日。

後1時間位で終わっちゃうので、父の日の今日、思い出したことを書いておこう。

私は結構、小さい頃から「ひがみっぽい」性格だったのかもしれない。

そう言われて育ってきたからそうなったのか。
そう自分で思いこんできたのか。

もうこんなに年とったらその辺りはもう謎です。





なんとなく覚えているのは、よく親から言われた

「またしおりがひがんどる」

後からきいた話だと、
よそはよく、兄弟喧嘩をすると上を怒るけど、
うちは下を怒るようにしてたの。
・・という母からの衝撃な告白を聞きました。

そ。それって・・・
喧嘩の原因を探ることなく、頭ごなしに下のせいにしてたってこと??

「下を怒るとね、上が悪いことしたなぁって思うかなって」



ええええええええ




そんな「下」の私。

誰も解ってくれない、
みたいな事を思っていたような幼少期だったような気がします。





なんやかんやと目立つ兄に対して、
私はそんなに目立つタイプでもなく。
でも根暗でもないよ。

人を笑わせるのが好きだったし、明るい性格ではあったけどね。
ええ、今とそんなに変わらない感じ。



ま、とにかくですね。中学最後の私の運動会と兄の運動会の日が重なったんです。
当時兄は高専で生徒会長をしており・・・父がその運動会に行くのを当然のように優先して、

当時私が、中1〜中3全体で統括して取り組んだ、創作ダンスのダンスを作る中心グループの一人として活動した、
その創作ダンスの披露される運動会には来ないこととなった事をですね、


結構ひがんでいたんです。
だって「兄の方は一生のうちこれが最後だし、そっちは行かなくてもいいよね?」って言われたから。

(私の創作ダンスも一生のうち1回だけなんだけどね。。。)



そんな事直接言ったわけ無いというのは覚えているけど、
でも何か言ったんでしょうね、私。
何を言ったか覚えていないけど、その後、
「またしおりがひがむから」と、
たぶん母だけ来たのかな?!そんな結末となりました。



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そんな話をですね、大人になってからまた父とする機会があったんです。
父ががんで亡くなる、ちょっと前、だったかな。


私は18歳で海外に出たし、当時の私には、
昔の「ひがみ症」は既になくなっていました。
私が海外に出て何年かした時、ふと母から聞いたんです。
兄が、「お母さんはいつもしおりしおりって。。って言う」って言ってるのよ、って。

それを聞いた時に、すーーっと何かが抜けた気がしたんです。
あ、私はこれを求めていたんだって。
私の事を考えてもらいたかったんだ。


もう、これでいい。って。





そんな私だったので、
ただ単に、
父と昔話を共有したくて、

その、父が亡くなるちょっと前に東京に遊びに来た時に、
ふと、
中学のその運動会の時の話をしたんです。


特に何も思わず、
ただ、「あれさー!あの思い出さ」って冗談ぽく。
私だって最後だったのにさーって。
あれじゃひがむよーー(笑)



って感じだったハズ・・・だったんだけどね。


ポロッ

って、




父の目から、涙が出てきたんです。



私、びっくりして!




「そんなつもり無かったんだけどなーーー。


ごめんなーーーー」

って。






全てはそれで、
心が洗われた気がしました。


きっと、
私は愛されていたんだって、
認識することが出来たのでしょう。





親は、子供がいくつになっても大事なのね。
伝えた方下手くそでも。
そんな表現出来なくても。



そして子供は、いくつになっても親に褒めてもらいたいのね。
どんなに年をとっても。





不器用でも、
どうして良いかわからなくても、



やっぱり伝えないと駄目なんだよね。


ってね。



そんな事を思い出した2021年の父の日。
私も一杯、子供たちに伝えなくちゃ。

愛をね、
わかりやすく。

出来れば何度も。

「愛を貰った」その自信があれば、
きっと子供たちはしっかり歩いていけるはず。



そんな事を教えてくれた、私のおとうさん、ありがとう。



そして、
世界中のおとうさんたちへ、

「ありがとう」

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